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東京高等裁判所 昭和29年(行ナ)30号 判決

原告 竹谷東一郎 外一名

被告 株式会社ビンゴコーボレーシヨンオブジヤパン

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、特許庁が同庁昭和二十五年抗告審判第七四六号及び同庁同年抗告審判第七四九号事件につき昭和二十九年三月八日にした審決を取り消す、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求の原因として、

一、原告安田定義は昭和二十五年五月二十九日、原告竹谷東一郎は同年七月三日特許庁に対し被告の有する登録第一七九八五八号特許無効審判の請求をし、右両事件は併合審理され、同年十一月三十日に右請求は成り立たない旨の審決がされ、之に対し原告両名は同年十二月二十八日抗告審判請求をし、原告安田の事件は同年抗告審判第七四九号、原告竹谷の事件は同年抗告審判第七四六号として審理され、両事件併合の上昭和二十九年三月八日右抗告審判請求は成り立たない旨の審決がされ、同審決書謄本は同年四月九日原告等に送達された。右特許発明明細書(後記甲第十号証)によれば右特許請求の範囲は、「競技場内に設置される投球盤の底板を周壁にて囲み、該底板には投球を受容する数多の透孔を穿ち、各透孔に符号を附し之等透孔符号より一定数の符号を選出して其の組合及配列順位を異らしめた数多の符号札を備え、競技者が投球盤に投入した球体の透孔位置に相当する符号を前示符号札に対照記録するようにした競技装置。」であつて、右発明の目的とするところは格別の技術を要せずして衆人監視の間に公正且明朗快活に勝負を競つて楽しむ競技装置を得るにあるとしてある。

二、右競技装置はいわゆる「ビンゴ」又は「ビンゴゲーム」なる遊戯の装置であつて、その遊び方は三十人位の遊戯者(客)が一組となり、主催者(営業者)より「カード」を購入し、「ルーレツト」式の盤に「セルロイド」の球を取り、主催者の使用人又は遊戯者中の一人が盤の穴に投げ込む、その球の入つた番号を主催者の使用人が次ぎ次ぎに呼び上げると遊戯者が購入カード(このカードは五つずつ五段の枠があつて、中央を除いてそれぞれ番号が記入されている)の番号の上に丸い札の当り標識を並べ縦横斜めを問わず五つ並べば「ビンゴ」と叫んで上りとなる仕組である。

三、然しながら右特許は次の理由により無効とされるべきである。即ち、

(イ)  右の遊戯装置は数世紀前にイタリーに発生し、千八百年代にアメリカに入り、子供の遊戯に使用されていたが、その後千九百三十年代から大人が賭博の為之を使用して来たのであつて、本件特許出願当時既に公知のものとなつていたのであるから、発明の要件たる新規性を欠如しており、而も全く不生産的非工業的なものであるから、特許法第一条にいわゆる新規の工業的発明と言うことができない。

(ロ)  右遊戯は主催者の設備した投球盤への投球は主催者が行い、遊戲者は主催者から購入する「カード」に当りの標識を並べるだけで何等の技能を施すこともなく、一組の集団を構成する遊戯者の「カード」の購入代金中から一番上りの遊戯者が賞金又は賞品を得るものであり、古来我が国で行われて来た丁半賭博に極めて近い行為であつて、全く偶然の勝敗に財物を賭する集団的富籤乃至賭博行為に外ならない。而もこのような賭博富籤行為の常として、例えば主催者側では「サクラ」の「チーム」に一定の「カード」を持たせて置いて巧に数字を操り、その「チーム」だけに勝たせる等、又遊戯者側ではその懐中に空白の「カード」と印刷機とを忍ばせて置き読み上げられる番号を印刷する等の不正手段が必然的に行われるのである。このような犯罪行為又は不正行為の具に供せられる右遊戯装置は特許法第三条第四号にいわゆる秩序若くは風俗を紊る恐れあるものに該当することが明らかである。

四、よつて原告は以上の理由により前記の特許無効審判の請求をしたところ、抗告審判の審決が之を排斥したのは不当であるから、その取消を求める為本訴に及んだ。

と述べた。

(立証省略)

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として、

原告の請求原因事実中一の事実を認める。

本件特許発明の競技装置はその明細書及び図面に示す通り主要な各構成部分を巧に綜合して終局の目的を達成するようにしたものであつて、仮に各構成部分が従来公知のものと類似していたとしても、之等を組み合せて特殊の競技装置を構成したものであるから、新規性を欠いていない。

次に右発明は遊戯の方法に関するものではなく、競技装置に関するものであり、右装置により行われる競技が仮に原告主張のように遊戯にすぎないとしても、右発明を実施して右装置を製作することが工業的であることは明らかである。即ち凡そ工業的発明とは発明の結果たる発明物が直接工業上に使用されることを要することを意味するものでなく、工業的発明であるか否かはその発明の実施が工業を構成するに足るか否かによつて決すべきであり、もし発明物が直接工業上に使用されるのでなければ工業的発明でないとするならば、衛生具、医療具、兵器、教育用具、家庭用品、蓄音機、玩具等に関する発明はすべて工業的でないとの理由によりその特許は許されないものとなるべく、このような結論の誤つていることは明らかである。本件特許発明もその実施が工業を構成するから工業的発明であつて、右発明が不生産的非工業的な遊戯方法の装置に関するが故に工業的でないとする原告の主張は誤つている。

次にすべて機械器具は善人が使用すれば善具であるが、悪人が使用すれば場合により悪具となり得べく、如何なる事物も悪人が之を悪用すればすべて悪具とならないものなく、秩序又は風俗を紊るに至るものと言い得るのであつて、特許法第三条第四号は右のように使用法の如何によつては公序良俗に反する可能性のあるものに及ばず、賭具、阿片吸飲専用具等必然的に公序良俗に反する恐れのあるもの、本来の使用法、使用目的そのものが公序良俗に反するものを言うのであつて、要するに出願の要旨に於て有害性、不法性を有していない限り特許登録を許すべきである。本件特許発明の競技装置は明細書に記載してある通り純粋な娯楽の目的に使用するものであるから、何等公序良俗に反するものではなく、右発明が特許法第三条第四号に該当するものとする原告の主張も失当である。

従つて審決が原告の本件特許無効審判請求を排斥したのは相当であつて、原告の本訴請求は失当である。

と述べた。(立証省略)

理由

原告の請求原因事実中一の事実は被告の認めるところである。

原告は本件特許発明がその特許出願当時公知のものであり、且不生産的非工業的のものであるから、新規の工業的発明ではない旨主張するけれども、本件にあらわれたすべての資料によつても右特許発明の競技装置がその特許出願前公知に属していたことを認めることができないから右発明に新規性がないとし難く、又右装置により行われる競技又は原告のいわゆる遊戯が不生産的非工業的であるとしても、右発明の内容たる右競技装置自体の(例えば之を製造又は販売すること等による)工業的効果がないものとは到底認められないから、原告の右主張は之を認容することができない。

次に原告は右競技装置により行われる遊戯は集団的富籤乃至賭博行為であり、又このような遊戯の常としてその間種々の不正手段が行われることが多いから、右装置は秩序もしくは風俗を紊る恐れがある旨主張するけれども、右競技装置が競技者(原告のいわゆる遊戯者)に於て格別の技倆を用いることなく、殆んど偶然の結果により勝敗を争う遊戯の器具であることは当事者間に争のない(請求原因一の中の)右発明明細書の請求の範囲の記載に照らし明らかであり、このような器具による勝敗に金品を賭すること及び之に随伴して原告主張のような不正手段の行われることのあり得べきことは当裁判所に顕著なところであるけれども、右器具が本来之を純然たる娯楽の用に供することを目的としたものであつて、前記のような賭博行為その他の不正行為の用に供することを目的としたものでないことは前記の発明の明細書の記載内容上明らかであり、且右発明の内容に照らし、右装置を右のような純然たる娯楽用に供し、右の不正行為の用に供さないことも可能と認められるから、右装置が前記のような不正行為の用に供せられることがあり得ると言う理由で右発明を以て特許法第三条第四号にいわゆる秩序若くは風俗を紊る恐れがあるものとすることはできず、原告の右主張も之を認容することができない。

然らば本件特許発明が新規の工業的発明でないこと、及び同発明が秩序又は風俗を紊る恐れがあると言うことを理由とする本件特許無効審判請求を排斥した本件抗告審判の審決は相当であつて、本訴請求は失当であるから、民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決した。

(裁判官 内田護文 原増司 高井常太郎)

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